21st
ブラック・ホーク・ダウン
内戦に干渉するアメリカの切実な局面がよく切り取られていた。
とりわけ、幹部拉致・逮捕がかかわると通常の戦線よりも任務は厳しくなる。
史実にもとづくだけに迫力がある。
アメリカ礼賛ではない好ましい映画だ。
内戦に干渉するアメリカの切実な局面がよく切り取られていた。
とりわけ、幹部拉致・逮捕がかかわると通常の戦線よりも任務は厳しくなる。
史実にもとづくだけに迫力がある。
アメリカ礼賛ではない好ましい映画だ。
シリーズの中はなかなか難しいかな。
現在上映中の元ネタ。2005年の作品。ドイツ語なのがいい。
ヒトラーはほとんど出てこない。ヒトラー暗殺がなぜ失敗したのか?詳しい事情はわからない。まずまずの作品。
クーデターのあり方に考えさせられる。
揚力が働かない状態で、どうやって飛んでんの?とか、ジェットエンジンンっぽい燃料どこに積んでんの?とかさまざまな疑問が残る。
顔をいまいちカッコよくない。
でもアメコミヒーローものの中ではおもしろい方だった。最後の闘いがちょっとしょぼいけど。
中高あたりのクラス替えは「なんとしてもあの娘と一緒になりたい」という不純な動機だけが先走っていた。「やつは嫌だな」なんて同性もいたけれども、それは大した問題ではなかった。そうリスクを感じることもなかったし、学校ってのは好まなければ交わらなくていい。 成績別かなんかで順番にあてはめただけだったと思う。ただ、同じクラスどころか「その娘が理系」だったときにはへこんだ。 人事異動はぜんぜん違う仕事をやらなければいけないというリスクにさらされる。それ以上に上司とか部下とかフラットではなくて、好まなくても交わらなくてはいけない人も多い。 この春「私のことが大嫌いだ」と公言して憚らない人が来る。子供の時なら殴り合いでもして、実は「とってもいいじゃんって」なることもあったが大人はそうもいかず。 致命的な関係になることをどちらかが回避するから(ここでは私になるでしょ)たぶん関係の改善がない。 年齢をとるごとに異物に対する柔軟性は失われる。嫌いが好きに変わることも少なくなる。生クリームが食べられるようになったのはいつだったか。 クラス替えの季節のちょっと春めいたドキドキ感を味わうことはない。 コンティジェンシープランを考えながら、「まあそこまでではなかった」と思うのがせいぜいだろう。
連絡先を聞くかどうかを問わず、男女が揃う飲み会ならば、次に含みを持たせるのはお互いの為だと思う。
今後一生連絡することのない女性であっても、「今後会うことはないと思うので、メルアドは不要!」なんて跳ね除けるのはいかがなものか。
肉食であろうとなかろうと女性が連絡先を聞くのはいまだに億劫で、不必要に誤解されるのは困ると思っている。
一方で聞かれればなんなく答える。後に連絡が来てもうまくスルーする技術を持ち合わせているから。そこそこの女性の方が簡単に教えるかも。
「僕は連絡先とか聞かないんです」とか、その素振りも見せずで合コンに参加する男子が多いのだそうだ。
もちろん「ガッツく」のはあまりかっこいいものではない。「彼氏いるの?いないの?ホントなの?」なんてのは無粋。連絡先を聞き、空気を見ながらもう一回だけ誘うくらいでいい。
ガッツくのは嫌。フラれるのも嫌。自然な流れを作る努力も嫌。そういうのは男が演じてあげる役割なのに。
そういう暗黙の礼儀は失われているようだ。
草食系男子は本当に存在するのだ。
基本的には絡んでくる馬鹿は相手にしないことにしている。なんといってもエネルギーを使うのが馬鹿馬鹿しい。
とは言え、執拗に絡んできたり、悪口雑言を言われてばかりで放って置くと腹が立つし、稀に自分にまで火の粉がかかることがある。
大人になると相手にしないのが一番である。ガンジーのように非暴力・不服従を貫き通すのもいい。
ただ、近いゾーンにいると邪魔になるので、排除するか?相手にしないか?いずれかの選択を迫られるのは事実である。選択を迫られること自体が煩わしい。
馬鹿はそういう選択を迫られることのない精神なんだなあとそこに強さがあると思う。
しばしば精神的な強さは馬鹿と同義となる。同様に精神的な弱さも馬鹿と同義になる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC